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NIKITAのリハビリ的日記

心のお片づけをする発達障害系な人

満足感を初めて知った。2017/02/16 22:19‐23:46

結構な日数、キツい思いをしている。

もう「キツい」と言ってしまう程度には無理がある。

普通ならここまで参らないだろう、かなり私には難しい課題としか感じることができないこととは言え。

 

私は数が理解できない。

私の総合的な知能指数は103だと思うのだが、言語と知識が異常に高いことと、スポーツをしていたので「手と目の供応動作」がそんなに低くなかったからこうなった。が、「算数」が凄まじくできない。克服できないかと本を見たりして、知的障害相当であることがわかった。例えば、もし他の偏りの異常な高さがなかったら、ここまでの数値は出なかったはずで、発達障害者としても偏りが異常に大きいとは言われている。

 

知的障害相当の「できなさ」は、こうやって何とかしようと挑戦していなければこんなに酷いとはわからなかったことだ。私は発達障害の判定のために受けた知能テストの結果をささっと言われただけで、今のように詳細なデータをもらったりしていない。

そのために苦労しなかったとは到底言えないが、今の私で初めてデータなど使うことができるのだと思う。1年前までの私では、だからできません、という根拠としてしか扱えなかったし、このところみたいに参っていたら今だってそうなる。

 

こんなに愚痴ばかりしか言っていなかった時期があったのかと思うくらい、メッセンジャーでもう死にそうなことしか言えない。

気づいていなかっただけでずっと前からそうだったのだけど、問題は今の衰弱ぶりだ。

そもそも数年前から劇的に衰弱していたのに無茶し続けたものだから、こうやって文が書けるとは思わずに書き始めたのだ。ツイート程度で終わると思っていた。

それほど体力がなく、蛋白質や野菜類に含まれる栄養素が思い切り欠乏しているのが体感でわかっているのに、私はどうしたらいいかや優先すべきことを間違えてしまうし、身体が利かないのも事実だ。だから自分自身、そのものをいたわる必要がある。

 

非常識だろうが人がどう言おうが、そのために今みたいに無謀な過ごし方をしていたら、本当に命に関わってくるかも知れない。それでも「自己責任」なのだ。いくら私がどういう育てられ方をして、数年前心身を破壊されるような経験をしたと訴えたって、他人が分かる訳でもなければ取り除いてくれることもできないし、訴えている間に無為に時間とエネルギーをロスして死ぬことだろう。

 

先日、ある過去のとてもダメージの大きかった記憶が「もう済んだことだ」と腹から思える経験をした。

あんなに満足感とかいうのは強烈なのか。あれは人にしてもらったのではなく自分が成し遂げたからだ。だから満足しているのだ。こんな凄い感覚では、そりゃ生きようと思って当たり前だ、わざわざいつもいつも死にたい死にたい言うのがわかるわけない。わかってもうるさくしか思わないか、そんなところだろう。というか、これじゃまるでドラッグだ、と思った。相当、快楽性の脳内物質が出るんだろうな。

 

そんな経験はさすがになかった。

ない人たちは大勢いるのが容易にわかるし、その経験がないこと自体が想像すらつかない人たちが甘えだ依存だ言うのも、まあ理由はわかった。これはこのままじゃ善意のつもりで当事者が自己虐待をするのを助長するだけで、別の文化圏から見れば悪意でしかないと言われても当たり前だな。外国の人が見れば、両者とも未熟なのに、一方が他方を何のかんの言っていじめているようにしか映るまい。解決法も持たないのにただ自分の価値観から感情的になって言っているだけだもの、私が外国の友人達に私の状況を話したらすぐに亡命申請しろと言われたのは当たり前だった。日本はそんな国なのかと激昂して酷く落胆していたが、私が友達だからとかいう問題ではなかったのだろう。何人に何回、何故そんな国からすぐに逃げ出さないのかと心底不思議がられたか。

 

すっかり話が逸れた。過去が過去になったぞという話で、満足感の話だ。

それができた仕組みはまだわからないが、何をしたからそうなったか、強い心当たりはあるので、自力でできたのだということはわかっている。

全部の過去がチャラになったわけではないが、1つはできたのだ。まぐれかなと思っていたが、数日して、そうではない感じがしている。他の過去の記憶全般に、それぞれ、自分がどうしたく感じているか、さっさと思いつけたからだとか、いくつか理由はある。

それができるのに、もうできるのに、他人にわかってくれ助けてくれということに心血を注ぐとか、逆に無茶して世間並みを目指しているうちに死んでしまったら、バカとしか言えないだろう。まあ、もったいないのは事実だ。

 

というわけで、ここのところ大変な話についてはまた。おやすみなさい。