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NIKITAのリハビリ的日記

心のお片づけをする発達障害系な人

過去への怒り 2017/01/07 22:55‐0:00

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「被災」から「復興」へ向かう道 2017/01/07 0:39 - NIKITAのリハビリ的日記

でやっと何かが始められる、という状態になったかと思う。

 

大体のことは悩みというより困りごとで、考えることになっている。習慣になっていないのでそうさくっと切り替えられた訳ではなく、「考えごと」まで持って行くのに労力と手間がかかるが、できるものはできる。

 

怒りがちだったり何だりして、しばらくノートに思い浮かぶことを書きつけていたら、やはり過去の記憶と対面することになった。

 

これまでは思い出さなかったことも丁寧に拾い上げてみたが、呆れて笑いさえ浮かんでしまった。

 

私が怒っているのは親と加害者2人だけではなかった。

 

学校に通っていた頃のことはどうもケリがついているらしく、思い出してもどうでも良かった。また私には妹がいるが、彼女も私の中では処理が済んでいるようだ。思い出すが何も思うことはない。

 

その他であるが、(告訴要件は満たさないが)2012年に私を3日間監禁して脅迫した男に放り出されたあとの支援機関の担当者が2年連続でヤクザかなにかのような人間だったのである。通院させてくれなかったりしたし、あの時に恐怖でいっぱいでなかったら私はさすがに動いたろう。後に違法行為だったと判明したが、私がもうそれどころの体調ではなかった。

 

他の機関にも、ネットで色々情報が入るようになって、相当酷いことをされ続けて来ていると裏付けが取れた。

 

当然というか、親戚などいないも同然である。

 

なんだこの人生は、と心底思った。

 

皆、私をいさめる。が、誰か私が遭った目を理解しているのか?知ってさえいないじゃないか。40歳になる年まで一切まともな助けはなかったのだ。今の激怒している私に何か言っても無駄だ。何時間もかけて思い起こしたのだ。

 

何故怒ってならないのか、膝つき合わせて話せるのか?何故我慢せねばならなかったのか。私の目を見て言えるか?

 

この記事はダイジェストだから、これだけでは伝わらないのは理解している。まだ書いていない人物もいる。

 

過去について、整理すらしていなかったのに平気になったり諦めたりできるわけがない、なかったのだ。

 

しばらく時間をとって考えていたのは、私がどうしたら気が済むかのシミュレーションだ。条件としては「手段が違っても私が強いられた苦痛を味わってもらうこと。つまり返上すること」。そう考えてみると気が済む感じがするのだ。もちろん私の主観だから他人が見ても釣り合うまい。

 

故意に私に危害を加えた2人をどうするかはもの凄く難しい。刑事罰が納得行くわけがなかったのだ。これを2時間くらい考えてくたびれた。

 

以降の記事から全部書くつもりだ。ことの経緯も私がどうしたら気が済むと思うかの内容も。

 

先にしつこく言ったがまた言っておく。これは考えているだけで、現実にできないようなことはしない。私の人生だ。また自分でブチ壊すほどバカでもないし、そこまで度を失っているわけでもない。ただ、私の中で終わるまでは許さない。許してはならない。もう他の関係ない人にあたったりしないためにも、私の怒りは私がきちんと始末をつける。

 

だから終わらせるために現実にはどうするかまでを丁寧に考えるだけである。そこは心配ない。