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NIKITAのリハビリ的日記

心のお片づけをする発達障害系な人

難航中 2016/12/28 18:10

PTSD 日記 思うこと 精神 過去の話-実家 過去の話−犯罪被害

どうも上手く行かない。

最近色々と苦しい現象に見舞われた状態でしか記事を書けないのでもどかしい。

 

吐き出したいのでそれでも書くのだが。

 

 どうしたいか? - NIKITAのリハビリ的日記

 

この記事に相談をしたという話を書いた。

その相談以降、特に聞きたいことは浮かばなかった。

 

ログをとってあり、読み返すと、それ以上聞くことは出て来ないのだ。

 

こういうことがいきなり大きく進展するものかどうか知らない。私も友人も医療やセラピーの類を過度に頼ったり、まして鵜呑みにはしないから、それらは基準にならない。そういったものの尺度で言えば、そんなに短期間でこの問題は変化しないし、私の過去受けた扱いや出来事の大きさ長さからして、またその後にされ続けている扱いや状況からもだが、「ほとんど何も改善しない」らしい。

 

まあそうだろう。

1人、私とは天地ほどの違いがある環境にいる友人がいて、1回、私のような目にあったらしい。詳細は知らないがその後どうなったかは聞いた。

病気としては同じ道をたどった。山ほどの重篤な疾患を発症した。

病院でカウンセリングを受けるよう指示されたが、家族が様子を見て拒否し、全力で勉強して理解に努め、絶対的な味方であり続けたそうである。

今更羨むような感情はない。そもそもがそれ以前の問題だから、そんな感情は湧きようがない。単に驚いただけである。その人は恢復したのだ。私が自分の話をしても、その人が病的な何かにやられることはないらしい。

 

私は家族という集団に対して全く、欠片程も良いイメージが持てないし、愛情などという言葉を出されても意味がわからないので困ることしかできないのだが、どうやらそういう経過をたどり、その後も大切にされていると、ほとんど大丈夫な状態になるらしい。実際、とても人柄が良い。私が四の五の言うのにもつきあい続ける。とても若い人なのだけど。

 

だから、理解はあまり、互いにできてはいないと思う。それは特には友情に響かないものだし、理解に努め続ける関係だし、その人がそういう経過を辿っていることは私には嬉しいことだ。家族に恵まれるということがどういうものかを教えてくれる存在でもある。私にはそういうお手本がなかったので、ありがたい。

 

だいぶ余分な話もしたが、それを聞けば私が恢復すること自体、ありえないと判断しても仕方がないなと思うのだ。私の今の環境、状況も良いものではまるでない。

 

でも、私は相談した友人に手伝ってもらって数か月で、以前から私を知る人がびっくりするくらいの変化を来たしている。それでも彼に言わせれば「難航している」らしい。

 

私の主治医は友人がしている主張やしていることを受け入れているし、私からも私の理解の及ぶ範囲では彼についてきっちり話してあり、やり取りの記録も渡すことがある。特に否定的なことも問題点も指摘されたことはない。

 

長く私の理解者と呼べるのはこの主治医しかいなかった。主治医の話を1度まとめたことがあるが、友人のほうも的確で現実的な先生だと言った。つまり何かおかしいことはどこにもないらしい、のに。

 

一番ものを理解していないのは私だとはわかる。

余計な経験はあるが、あまり役立つような、意味のある体験も、それに恐らく伴ってついて来るだろう知識も決定的に不足している。

 

それは昔から指摘されることがあったが、どうして良いかわからなかった。何故こうも邪魔が入るのか。

 

今はある程度わかっているが、全然足りないだろう。

 

昨夜はちょっと意味がわからない状態になったし、さすがに限界を感じるので、こんな時期に悪いなと思いつつ、友人に声をかける。

 

私をこうも理解してくれて(当然完全な理解などがあるとは思わないが)、相談に根気よく乗ってくれる人も、解決法を知っている人も、この人1人しかいないから。

 

悔しくもあるけどね。何故こうも私にはできないことが多いのだ。何故、ここまで限界点が低いのだ。――何故、きみにできて、私にはここまでできないのだ。

 

助けはほとんどなかったから、私も大まかには1人で生き延びたのだけど。誰もそうは思わなくても。

 

私の人生を寸断して来たのは、さて、何だろうか。

 

まだ仮の結論ならあるけど、それをここにゴロッと放り込む気にはなれない。