読者です 読者をやめる 読者になる 読者になる

NIKITAのリハビリ的日記

心のお片づけをする発達障害系な人

「記憶」2016/12/25 18:47

最近、本当に些細なきっかけで色々なことが心に起きるようになった。

 

現象そのものは身体に起きるのだけど。普通、それを「身体症状」と言う。そして原因が心の負担であるとき、「身体表現」とか「身体化」とか言う。

 

あまりそういう用語は使うものじゃないなとつくづく思う。話が本質から遠ざかるからだ。つまり、自分の心に起きていることをきちんと把握や理解することができないから。

 

少し面白い話を主治医から聞いた。医学生時代、必須の授業だったそうだが、「絶対に普通に使われる言葉を使わずに身体部分を説明する」ということをするのだそうだ。

 

つまり、例えば腕というものを、腕とか皮膚とか肉とか骨とかいった、一般的にわかる言葉を一切使わずに説明するのだ。

 

何に使う技術だか、主治医はやっぱり今でも説明はできないが、何となく必要性はわかる、と言った。

 

いや、これじゃないのか。

 発達障害特徴の克服その2『コミュ障はこう治せ!』 - HyogoKurumi.Scribble

 

医者のコミュニケーション力が低くては文字通り話にならない。色んな人たちが色んな状態でやって来るのだから、把握や説明がうまくなくてはならないからじゃないだろうか。

 

と、人様の記事を使って自力で説明をせずに済ませてしまったが、今私はそれどころではないのでこれくらい勘弁して下さい頼むから。

 

記事を引っ張って来るのでいっぱいいっぱいです。

 

さて、本題。

 

例えばこのブログを書いたあとなどはまあまあ、酷い現象が身体に起きるのが最近だ。

 

名称を言えばパニック障害だし、そのいち症状である過呼吸発作のうち、呼吸困難になって息が止まるタイプ、ということになる。恐怖感もガッチリある。恐怖感があるとパニック障害、なければ過呼吸発作、と大雑把に思えばまあいい。

 

これでは何も説明していない。症状そのものが問題なのではないからだし、この病気を知らない人が見てもその症状さえわからない。

 

病名も症状もどうでも良い。だってそんなもので何が把握だの理解だのできるのか。「なんか大変だね」と思うか一緒に慌てるだけだ。

 

起きている事実の部分を言うと、

 

・息がよくできず苦しい

・みぞおち辺りに強い衝撃を受けたような感じ(子どもの頃、ケンカで一度だけ殴られた。その感じにそっくりだ)

・肋骨の下辺りをぐるっと一周、締めつけられる感じ(もしかしてコルセットを間違えて締め過ぎたらこうなのか?というような)

・身体がこわばって動けずひっくり返っているしかない

・血圧と心拍が上がっている感じがする(計測した経験からなので「感じ」)

・手などの末端が震える感じ(実際には力を入れるのが困難なだけである)、しびれる感じ(これは呼吸がうまく行かず、し過ぎている時もあるため)

・吐き気

・頭痛(主に前半分。前頭葉だ。頭を使って負荷がかかると痛む箇所)

 

・恐怖感などで心がいっぱいになりそうになる感じ

 

最後のだけが心の話だが、わざとはっきり説明しなかった。

 

精神の仕組みの話を何人かにされている。

 

何か強めの苦痛を感じる時、苦痛は基本的には不安や恐怖を引き起こす。死ぬのを避けるためだが、つまり不安や恐怖にはあまり実際の根拠がないのだ。その時に現実に死にかけている訳でもない限りは、自分で作り出している。

 

だから、その感じに注目していると、人は際限なく想像力を働かせてしまう。どんどん、余計に怖くなる訳だ。

 

これを繰り返すと、言ってみれば脳の回路に「焼き付く」。考える前に思い起こしてしまうようになる。

 

これがいわゆる精神疾患を悪化させ定着させる。

 

逆に言えば無視しておけということだ。以前消防士の知人から「そっちへ行くな、呑まれるぞ」と言われたが、そういう言い方もあるだろう。

 

さらに、それだけでは焼き付いた回路が消えないことを先日指摘されたのである。

 

考えたらものすごく当然なのだが、推測するに、私のように本当に一度も安心できる状況にいた経験がないまま40年過ごした人が私の周りにはいなかったのかも知れない。

 

本当に、一度も安心したことはないと思う。

だから私の脳内には絶対に事実ではなかろう「記憶」が相当ある。それに注目してはいけないのだとかいったことがまるでわかっていなかったので、それらの「記憶」が余計に私から安心材料を奪ったのだろう。

 

安心して良い時もどこかにはあったかも知れない。もう過ぎたことだから追いかけはしないけれども、そんなにすぐには割り切れない。

 

それはそれとして、困っている。

事実ではないなとわかっているのだけど、だからとりあえず今しか書いたりしないが、呼吸がかなり苦しくなるのは、首を絞められている感じを伴うのだ。そんなことは誰にもされていないのだが。仰向けにひっくり返った姿勢しか取れないで動けないのはそうやって押さえつけられている感じを伴う。

 

はっきり言ってしまうと(必ずしも毎回ではないが)強姦されている感じだ。

 

あれは未遂にさせたし、そういう姿勢になった訳でもない。

 

 監禁された時の記憶は詳細まで行くとぼやけるのだが、言葉などで脅されて誘導的に動けなくはされたけれど、押さえつけられた記憶はないし、物理的な拘束もされていないことになる。

 

実家は、そういうこと、ようするに物理的な接触自体をすることはなかった(幼児期に抱いたり背負ったりされたには決まっているのだが、私の記憶からはそれらは抜け落ちている)。記憶が脱落していなければ。

 

けれど、私の「記憶」には「みんなに襲われる感じ」がある。

事実ではないと理解しているのは、精神疾患の人達との交流経験があると思う。ありえない記憶を作り出して本気で信じている様子を結構見たから、自分の記憶もなんとなく嗅ぎわけられるような気がする。

 

そういうファンタジーまで信じ込んでいないのは良いが、感じは取れない。

 

先日、あまりにはっきりそういう感じが強くて、「どうしたいか」決めた。もう疲れきっていて考えたくなかったので、それで満足してやることにした。ものすごく物騒なことだから書かないでおくし、当然実際にする訳でもないが。やりようもないことだ。

 

そんなに普通に思いつくことじゃないのかなと思うのだけど、私にとっては割と普通に思いつくことだ。オーソドックスで別に面白くもないけど、そもそも面白いとかそういう話じゃない。もしこれで私が残虐な人間だと思うなら、そうさせた人達に言え、と思う。そう思えるならもうこれでいい。これ以上追及して労力を使ってやるのも嫌だ。しばらくは考えたくもない。本当に、考えたくない。

 

怒りがどれほどエネルギーを消耗するか改めて思い知る。そして、決めてしまえばこんなにラクなのか、と。それ以上悩まなくていい。確かに悩むのと考えるのでは全然違う。悩むって苦しいだけで何もしないんだもの、何も進まない。しばらくしたら考える気にもなるかな。

 

それからも苦しい現象は起きているし「記憶」は書いた通りだが、何とも説明できないけれど、何かいきなり感覚が変わった。

 

あまり、特に言葉を用いるにあたっては、早急にするものではないなと思う。結論を急いでろくな結果になったことはない。

 

※しんどかったので本来分割すべきだろう内容を詰め込んでしまいました。何文字かわかりませんが。分ける体力はもう残ってないし、とりあえずアップします。あー頭痛い……。