NIKITAのリハビリ的日記

心のお片づけをする発達障害系な人

どうしたいか?

呼吸がかなり苦しいのでどうしたものかと思っていた。

 

処方薬の影響を疑ったが中止しても少しマシになっただけなので、心の問題なのだろう。どうだろうと思っていたら、やはりストレスを感じることがあると強まる。

 

そのことを誰かに相談しようと思ったが、困っていた。普通ならどういう時にそうなるかとかどういう感じなのかとかいう話になるからだが、私の周りで相談が出来そうな人は男性ばかりだからだ。詳しいことは2つ前の記事やもっと前に書いた。心当たりというとどうもそれらしいので。

 

今朝、その核心は避けたまま相談する機会があった。故意に避けたのではなかったしはじめに聞こうとしたこととは食い違ったのだが、それで相談が成立したのでそのまま言わなかった。

 

 

改めて気づいたのだが、私は自分がどうしたいかわからない。

 

 

押し殺している気もする。自分を禁止事項で縛りつけることならずっとして来た自覚がある。

 

「その相手を殺したいと思っているなら、そう考えている自分のその考え方を認めることが第一」

 

と言われて、フッと呼吸がしやすくなった。

 

 

ああ、そうか。

 

 

なんで気づかなかったかな、という話は今追いかけることじゃないと思うので置いておく。(まあ、既にいくらか書いたが)

 

そっちじゃない。

 

過去どうしたかったかでもない。

(関係あるかも知れないけど)

 

ひとつ言うと、私は認めてもらうことに必死過ぎた。今もそうだろう。

 

 

それじゃあ自分がどうしたいかはどっかに行ってしまう。別に人に認められたいの自体はいいのかも知れないけど、それだけが基準だったら苦しいよね。

 

どうりで何も面白くない訳だし、不健全なことに依存する訳だし、ものすごく当たり前だけど未来が全く想像できない訳だ。

 

生きてたくないとすぐ思うのもそうじゃないかな。

 

私はどうすれば気が済むんだろう?

 

自分が消えるんじゃなくて。

だって、悪いのは相手なのに。

苦しい思いをすべきなのは相手じゃないか。

私じゃない。

 

どれも、私が悪い訳でも、私がただ我慢すべきことでもない。

 

 

もちろん本当に殺しに行くとかいう話じゃないんだけど、それくらい思ったから何なのだろう。あんなの、殺されかけたも同然なのに。

 

だいぶ昔、私は妹とすごく仲が悪くて、ずっと殺意を抱いていたのを思い出した。それを本人に言ったこともあった。その頃はある程度、自分のそういう思考を認めていたんだな。当然何もしていない。縁を切っただけだ。両親と違い妹を思い出しても特に何も感じないが、もしかしたら面と向かって本音をはっきり言ったからかも知れない。それについては何の後悔もないのだ。言われるだけのことを長年続けた彼女が悪い。

 

それよりもっととんでもないことをした連中にただ力を奪われ続ける必要なんか、そりゃない。

 

少しだけ、このブログで書いている、はっきりと私を苦しめた連中全員に前からはっきり言いたいことはあった。あんまりごちゃごちゃ書く気はしないから、本当に少しだけ。

 

 

そこをどいてくれ。邪魔だ。失せろ。