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NIKITAのリハビリ的日記

心のお片づけをする発達障害系な人

「発達障害あるある」/入院8日目 2017/03/08 17:03

コミュニケーション障害の話だ。

話したことがない人からチャットメッセージが来た。
私は最後には誤解されて話が終わったのだが、それは

私が「話の終わりの合図」に気づけず、文字通りに相手のメッセージを読んで「まだ説明しないといけなかったかな?そんなにわかりにくいかな?」等と思って話を続けた

相手側は話を終わったつもりだったのに私が返事したので私が話すことがあると受け取った(と思われる)

双方が「話しかけられた側のつもり」になってしまった

私(アスペルガーな人)→会話の目的が見えてこないので結論づけて終われないし、相手が納得したかわからない

相手→何か私が言いたいことがあるようだがはっきり言わないので推測

私は話が続いているから説明しているだけなので、相手が「目的がある」と思って推測したことは全部外れるために、相手の予想外の解釈にビックリする

相手は私がはっきり言わないで悟らせる困った人、などの誤解をする

 

こんな流れだ。


私は会話、意思疎通の能力が本当に低くて克服対象なのだけれど、発達障害の人はここで相手が悪いとキレたり、逆に自分が情けないと思って塞いでしまいそうだ。

私もものすごく落ち込みだしたので、病院(入院中である)から外出した。とにかく、歩いてみよう。行き詰まった時は、その場にいないで散歩でもするものだ。

歩いていたら頭が勝手に働いて、気づいたら上記みたいに、自分自身と相手方の双方に対して腹が立っていた。
このままただ怒っていても良くないと思い、言語化してノートに書きだした。

それで上のフローチャートができたのである。

 

私が今できることは

1. 怒りをうまくマネジメント(日本語だと処理、扱う、という感じ)すること、
2. 話しかけられたら慌てず、まず自分が会話ができる状態かどうか自分で確認すること(ぼんやりしている今の私だから起きた「事故」だからだ)、確認して頭がはっきりしていなかったら今話せないと言うか、チャットなどの場合は後で返事をすること、
3. コミュニケーション障害の克服法はいくつかアテがあるので片っ端からやってみること(このブログを書くのもその1つである)
4. 失敗をクヨクヨ引きずらないこと。その時間と労力は上記の3つに使うこと

だと思う。

したいこと。 2017/03/06 8:23

昨日意識がちゃんとはっきりしました
今日は入院6日目

 

特に何というわけではないのですが、入院するたびに初期は意識がほとんどなくなります
毎回のことで、検査でも異状があったことがないので逆に困る始末。

 

4歳でたらい回しの末引き受けてくれる病院が1ヶ所だけで、という経験を思い出すことがあります。

36年前にたらい回しになるくらいだから私は戻って来れない可能性がほとんどで、戻って来れても後遺症として一生動けもコミュニケーションもできない、重度の身体障害と知的障害者になるだろう、という宣告をされました。

40歳にいたる今まで、その時の後遺症らしきものが出たことはありません。

その時の話を思い出すと色んな意味でゾッとしますが、ともあれ、「障害者となるかこのままいってしまうかどちらかだから覚悟しておけ」という内容のことしか言われなかった私が目を覚まして、まさか発達障害以外何もない身体と脳で戻って来るとは誰1人、予想しなかったのです。

 

当時発達障害なんて概念はなかったですが、ひきつけという、脳が腫れ上がる状態で入院しましたから、知能テストを受けました。そうしたら、4歳で10歳相当の知能を持っていると出たんです。たらればですが、その頃それが「障害」であることがわかっていたら、もしかしたら、私の人生はこんな滅茶苦茶なものにされずに済んだのかも知れません。

虐待がもっと世間一般にきちんと知れ渡って法的整備もできていたら、私は自宅には退院せず、児童相談所へまず送られたはずです。

せっかく助かり、やっと最近自分の手に人生を取り戻したばかりですので、まだ何ができるわけでもないのですが…。


こういうケースが今も普通にあると思うので、予防と対策、起きてしまった場合の対処(本人の人生を本人が自分の力で普通に生きられる手伝いなど)をできるようなことをしたいですし、それが妨害される社会であることにも手をつけたい。

まず、自分を救済して「心の復興」をせねばなりませんが、ある程度それが進めば、上記の挑戦ができると思います。

 

#たらい回し #知能 #後遺症 #発達障害 #虐待 #やりたいこと #夢

 

SNSに掲載したものを少しだけ手直し】

現実世界/入院4日目 2017/03/04 18:26-19:05

入院して4日目だ。

先に断ると、私は不定期ながら年に2、3回入院して休養をとるので、何か突然に起きたのではない。ただ、普段からそれくらいギリギリな状態状況下で生きていることは言える。

私が入院して必ず日数カウントをするのには少しわけがある。まずは最初の数日間、私の病院生活は日がな1日爆睡して過ぎる。以前なら10日くらい、起こされて食事、入浴、自分から動くのはお手洗いで杖と手すりがあってやっと、という状態だった。ジリジリこの日数は短縮して行き、昨年9月に入院した時は5日で起き上がることができた。今回は新記録だ。

まだまとまった話ができるほど覚醒していない。スマホもほとんどいじっていない。

(呪わしいですね、スマホ(満面の笑みで))

 

今回は家の鍵を預かってもらっている人がいるが、ともかく忘れ物をしまくったため、その人に送ってもらっている、と思う(たぶん今日発送してくれたかと)。送料は後で返すような相手です残念ながら。

残念なものか。こういう経験は初めてだ。

この病院は家族の協力があるのがほとんど前提になっている。外泊(入院中に病院外に泊まる。普通自宅である)やら何やら、本人1人でやるのは無理だったり、病状が軽めであったりしないとできないことが多く、つまり私は本当は無理矢理入れてもらっているのだ。私にとって、誰か協力者がいるというのはすごいことだ。

 

まだ目があんまり醒めていないので、とりあえず、こんなに早く記事を書けるとは予想していなかったよという報告。

 

それと、入院時にずいぶん良くしてもらった。世界がそんな急に変わるもんじゃないし偶然かも知れないが、偶然でなければ、私が変わったのだとしか思えない。ただ少し気を遣うこと、何とか自分のできる範囲のことは積極的にしただけだ。それが以前はできなかった。今回が一番体調が悪い状態なのだけど、一度、自力で成し遂げた達成感を経験したからできたのだと思う。これまでは苦しさしかなかった。何ができてもまぐれ当たりとかそういう感覚だったので、周囲に助けて欲しいことしか頭になかった。何もかもが、恐怖や不安の連続だった。余計に具合悪くなる。

 

まあ、まだまだ課題や言いたいことなんかはいっぱいあるけれど、それはまた。

入院、この1か月、企て 2017/02/23 21:51

報告記事になる。

1. 3月1日から恐らく1か月くらい入院して来る。

2. 1月後半から昨日、2月22日でやっとひと段落ついたが、いっぺんにいくつかのトラブルがあった。かなり激しく体調を壊す羽目になった。終わってはいないがヤマは超えた。

facebook少々以外ほとんどネットに現れなかったが、それしか余裕がなかったし、まあ色々失ったり得たりした。

3. 具体的なことは未定だがザクザクした準備だけはしていることがある。未確定なことがほとんどだからどこかにはっきりした形で言うのは考えていたが、先に宣言してみるのもいいかも知れない。体調と精神状態が少し回復したら順次ここで報告する。

 

―――――

 

しばらく現れることができるかよくわからないので色々と言っておきたいのだが、2番目のことで免疫系がやられたようで、数週前から体調が無茶苦茶だ。

今脱力しかかっているので少しでも動くためにとにかく歯止めをかける意味でも更新することにした。

 

いちいち何かあるごとに慌てふためいて自分を見失って来たが、それでよく生きて来られたものだ。

 

理由の見当はついているが、今は時間切れだ。

 

私はだんだんめげたり挫けたりしにくくなり出した。理由は前の記事に書いたが、ずっと私を支えてくれている言葉のひとつを掲げておく。

 

あまり肯定されない私は、ただこの言葉のために正気づいたことも何度もあるのだ。



f:id:shinovieshinovie:20170223225051j:image

 

満足感を初めて知った。2017/02/16 22:19‐23:46

結構な日数、キツい思いをしている。

もう「キツい」と言ってしまう程度には無理がある。

普通ならここまで参らないだろう、かなり私には難しい課題としか感じることができないこととは言え。

 

私は数が理解できない。

私の総合的な知能指数は103だと思うのだが、言語と知識が異常に高いことと、スポーツをしていたので「手と目の供応動作」がそんなに低くなかったからこうなった。が、「算数」が凄まじくできない。克服できないかと本を見たりして、知的障害相当であることがわかった。例えば、もし他の偏りの異常な高さがなかったら、ここまでの数値は出なかったはずで、発達障害者としても偏りが異常に大きいとは言われている。

 

知的障害相当の「できなさ」は、こうやって何とかしようと挑戦していなければこんなに酷いとはわからなかったことだ。私は発達障害の判定のために受けた知能テストの結果をささっと言われただけで、今のように詳細なデータをもらったりしていない。

そのために苦労しなかったとは到底言えないが、今の私で初めてデータなど使うことができるのだと思う。1年前までの私では、だからできません、という根拠としてしか扱えなかったし、このところみたいに参っていたら今だってそうなる。

 

こんなに愚痴ばかりしか言っていなかった時期があったのかと思うくらい、メッセンジャーでもう死にそうなことしか言えない。

気づいていなかっただけでずっと前からそうだったのだけど、問題は今の衰弱ぶりだ。

そもそも数年前から劇的に衰弱していたのに無茶し続けたものだから、こうやって文が書けるとは思わずに書き始めたのだ。ツイート程度で終わると思っていた。

それほど体力がなく、蛋白質や野菜類に含まれる栄養素が思い切り欠乏しているのが体感でわかっているのに、私はどうしたらいいかや優先すべきことを間違えてしまうし、身体が利かないのも事実だ。だから自分自身、そのものをいたわる必要がある。

 

非常識だろうが人がどう言おうが、そのために今みたいに無謀な過ごし方をしていたら、本当に命に関わってくるかも知れない。それでも「自己責任」なのだ。いくら私がどういう育てられ方をして、数年前心身を破壊されるような経験をしたと訴えたって、他人が分かる訳でもなければ取り除いてくれることもできないし、訴えている間に無為に時間とエネルギーをロスして死ぬことだろう。

 

先日、ある過去のとてもダメージの大きかった記憶が「もう済んだことだ」と腹から思える経験をした。

あんなに満足感とかいうのは強烈なのか。あれは人にしてもらったのではなく自分が成し遂げたからだ。だから満足しているのだ。こんな凄い感覚では、そりゃ生きようと思って当たり前だ、わざわざいつもいつも死にたい死にたい言うのがわかるわけない。わかってもうるさくしか思わないか、そんなところだろう。というか、これじゃまるでドラッグだ、と思った。相当、快楽性の脳内物質が出るんだろうな。

 

そんな経験はさすがになかった。

ない人たちは大勢いるのが容易にわかるし、その経験がないこと自体が想像すらつかない人たちが甘えだ依存だ言うのも、まあ理由はわかった。これはこのままじゃ善意のつもりで当事者が自己虐待をするのを助長するだけで、別の文化圏から見れば悪意でしかないと言われても当たり前だな。外国の人が見れば、両者とも未熟なのに、一方が他方を何のかんの言っていじめているようにしか映るまい。解決法も持たないのにただ自分の価値観から感情的になって言っているだけだもの、私が外国の友人達に私の状況を話したらすぐに亡命申請しろと言われたのは当たり前だった。日本はそんな国なのかと激昂して酷く落胆していたが、私が友達だからとかいう問題ではなかったのだろう。何人に何回、何故そんな国からすぐに逃げ出さないのかと心底不思議がられたか。

 

すっかり話が逸れた。過去が過去になったぞという話で、満足感の話だ。

それができた仕組みはまだわからないが、何をしたからそうなったか、強い心当たりはあるので、自力でできたのだということはわかっている。

全部の過去がチャラになったわけではないが、1つはできたのだ。まぐれかなと思っていたが、数日して、そうではない感じがしている。他の過去の記憶全般に、それぞれ、自分がどうしたく感じているか、さっさと思いつけたからだとか、いくつか理由はある。

それができるのに、もうできるのに、他人にわかってくれ助けてくれということに心血を注ぐとか、逆に無茶して世間並みを目指しているうちに死んでしまったら、バカとしか言えないだろう。まあ、もったいないのは事実だ。

 

というわけで、ここのところ大変な話についてはまた。おやすみなさい。

入院しに行く前に、1回まとめ 2017/02/12 13:22

facebookでの更新から転載】

普通は手直しするところだけど直さないで載せます。

キリがないので。ブログ用にとなるとほぼ全文書き直しですから。

―――――

 

最近ブログ書いてないのは、やはり体調体力が一番の理由だけど、次になんかすごく忙しくなったことなんだけど、書き方が酷いなと思い直したんだよなあ。

書きゃいいってもんじゃないでしょうがと。

もちろんブログなんか自由ではありますがね、私がしたいことは何だったんだと。それに行きあたったらアレじゃ私は納得いかん。友達に手紙書いてんじゃないんだありゃ。

もうちょっとは元気じゃないとやりたいことのための書き方ができないのだと思った。気をつけるべき点に留意できないし、書いてるうちによくわかんなくなってるよね。自分ですごいムカついた(苦笑)外出記だって書けないでいる。

あれこれ気づいた時にちょうど病院からベッド空いたって連絡が来たわけだ。

スマホも半壊してます(苦笑)

ここに比較的長い文章書くのはメモなんだよね。
もちろん公開だし友達いるので本当に自分だけのメモじゃないんだけど、最低限、人が読む可能性があることを意識してるってうまく活かせるならした方がマシですね。莫迦なことも書いてるけど(苦笑)

本当に自分用のメモならEvernoteもあれば手書きノートもある。全部使い方が違う。

まだあんまり文字読み書きしてられないのだけど、今さん(注 今一生さん)の『プライドワーク』の「はじめに」を読んで、やってる行動とかはともかく、ただ共感しただけじゃ無くて、何かにつけての大体の年齢が一緒だなあ、と思った。(まだ中身読んでないんですが)

もう1人、来未(注 来未炳吾さん)が映画についてブログで書いてるように(制作日誌ね)、30歳の頃に、私は似たことをした。もうちょっと若かったかも知れないけど、まあその頃、自分の人生を全部振り返って書いてるんだよね。小説にしたので、そして書き方がわかってなかったので完結とかしてないんだけど、振り返りだという自覚が一番欠けてたんで、そりゃ完結しない(苦笑)

年齢とか何十世紀とかそういう数字は恣意だという人がいたんだけど、そうでもないだろうと思った。

感覚的な話だけど、40歳くらいって「ん?」ってなるなーって思う。これでいいんだっけ、とかそういう感じ。人によって誤差はあろうし、気にせずに過ぎる人もいるだろうけど。

私は年齢を気にしたことって本当に1回もなかったのに、昨年、40歳になるというのは何故かすごく気にした。何だったのかはもっとゆっくりちゃんと考えないとわからないけど、本当に気にした経験がなかったから、放っとくの気持ち悪い。まあ考えるよりも別の方法もありそうだからとにかく時間かけようかと思う。

私がわかってなかった最大のことは、自分をちゃんと大事にすることだ。自分で壊し続けながら助けてくれないったって人はどうしろっていうの。賽の河原ですか(苦笑)

わかったからまあいいと思ってるけど。

そのことでゴチャゴチャしてることを片づけるには、今はちょっと休ませてもらえる環境が要るなと思った。

日程調整ついたら入院して来ます。

記憶奪還 2017/02/02 19:54-22:32

例えば、休もうと思い、寝ようと思った途端に息が苦しくなる。こういうことだらけだ。

 

私の世界は「ねばならない」「であるべき」でできている。

 

私の意思、なんて文字を打つだけで気道や肺が潰れたんじゃないのかと思うほど苦しい。

 

休むとか遊ぶとかいうのが「しなければならないから」だという理由でしようとすると、こういう現象は……やはり起きる。頭痛もして来た。どんどん追加される。

 

今ブログを書いているのは、私が書きたいからだものね。何故書きたいかって、こういう何かにいつまでも縛りつけられていたくないからだ。

 

押さえつけられる感じがして身体を起こしているのがきついけれど、横になったってそうなので、姿勢を変えても楽になんかならない。

あんまり「相手してやる」もんじゃないな。何だか骨が砕かれそう。ちょっと意識を向け過ぎかな。

 

相手、って誰だかわからないけど。ただ、現実にここにいるのは私しかいないから、私の脳内にしかいない人だろう。

過去とも限らない。とにかく、私にとっては人間というのはまだ怪物である「べき」なのだとわかってしまった。

 

この本を読んだからだ。

 

COCORA 自閉症を生きた少女 1 小学校 篇

COCORA 自閉症を生きた少女 1 小学校 篇

 

 私はどうしても昔のことをちゃんとは思い出せなかったが、この本にはこの著者の経験がかなり詳しく書かれていて、読んだら読んだ箇所と同じ時期に自分が経験したり思ったこと感じたことをずいぶん思い出した。

 

読んだばかりだから相当影響は受けていて、似ていないことまで似たことだと思っていると思う。それ自体はたぶん普通のことだと思うので構わない。

 

今これだけ体調が悪くなったり様々の混乱を起こしているのも普通だろう。大まかにはやはり共有できる経験を詳細に書いてあったから。

 

フラッシュバックが起きるから避けた方が良い人もいるとか普通言うのだろう。無理に読むことはないが私にはあまり意味のわからない台詞だ。私は読んだから今死にそうに苦しいのだが、得たものの方が多いはずだ。

 

記憶がずいぶんと乏しかったのは、この数年間に2回受けた故意の悪意による強烈な経験のせいだったのだ。だからそれらの経験以降の記憶も、実はそう鮮明ではない。「感じない」ようにしていたのだ。それが私の発達障害とも影響し合っただろうが、ますます私にとってこの「障害」の意味は薄いものになった。

 

ほとんどの問題はそこにはない。私がどういう人間であっても、そんなことは私の親には関係ないからだ。全く何もトラブルのない脳や身体でも、重度の問題を持っていても、彼らにとっては私は脅して嘲笑して自分達だけが何か利益を得るための道具でしかなかったのだと再認識した。

 

思い出したからだ。彼らがどれだけ私を見ず理解もせず、その態度に対して私がどう感じ考えていたか。私が必死に何とか自分が存在すること、生きた人間であること、感じる心を持っていること、理解して欲しいこと、困ったら相談くらいしたいこと、そういったことを訴え続けて何にもならなかったことなど。それがどんなに私を苦しめ続けて、そのまま他の人達もそのようなものとしか解釈できないで来たか、親から離れて少しずつは変わっていた私の積み上げたものをいとも簡単に破壊されたかを。あの男は私を強烈に脅迫したが、それよりも、私を嗤い飛ばした。私がどうにか、自分を見捨てる癖をやめられそうだった時に、お前は無価値だ、死んで世間に詫びろと言った。生きていて良いわけがないだろうと言った。納税者に謝れ、まあキリがないが、働こうとして努力していることまで「ふざけるな」と言った。

 

言葉で人を殺す、など、技術的には難しくない。精神がぶっ壊れていれば本当に簡単だ。

 

もうごめんだね。冗談じゃない。

せっかく生還したのだ。

 

もう存在しないあんた。グダグダ考えてたけどね、私も同じ技術があるんだよね。あんたのあとからも私はずっとあんたにされたこととあまり変わらんことされ続けてんだわ、おかげさんで。これをただ赦せって?私は好きでこんな技術がついたんじゃないんだよ。どうもアリガトウ。もう無意識に悪用せずに済みそうだ。どんな思いしたか思い出したから。

 

どうするかはこれから考える。

足りないもの 2017/01/27 20:08-22:47

「どうしてそんなに動じないようになったのか」と聞いたのは11月だった。答えてはもらったが、別段方法とかを教わったのではない。

 

正直に言えば不満ではあった。単に貴方の場合はどうだったのか、を参考に聞きたかったのにと。

莫迦だなあと思う。それを聞いてもしょうがないことに、半分程度しか気づけなかった。

 

そんなことよりも大事なことを言われたのは何となく理解していた。私が迷ったり困ったりして来たのは、その時にもらった回答を理解しきれずにいたからだ。

言葉でだけなら「識っている」ことだった。でも、わかっていなかった。

 

今もわかってない。少しだけわかったけど。

 

引用も説明もしないのでは何のこっちゃかだが、私がわかったのは「自分が全然わかってないということ」だ。わかってない話を説明するのはあんまり意味を感じない。説明して私がわかるんだったらいいけれど。

 

前の記事で書いたことってのは、要は私には「身体で体験する」(トートロジーっぽいけど)ことが凄まじく欠けているということだった。

 

その前の記事だってそういうことなのだ。具合が悪くても焦る必要ない、ということにたどり着く体験が足りなかった。というかほとんどなかった。

 

例えば今、私はすごく空腹だし、ブログなんか書いてないで先にすることがある。それができるのが生活なんだろうし、もうこうやって気づいてる。

ここでじゃあやれと言うのはすっごく簡単。

やったとしましょうか。私はおかしくなるだろう。そもそも、そんな風に無理矢理一時的にやったことなんか身につきゃしない。

 

――っていう反論を続けると、私は相手を論破してしまうんだよね。これを「頭が良い」なんて言う。

 

知能はそりゃ高く出るでしょうよ。それが何なの。自分で生きにくくするためにその知能使ってどうするんだ。

 

と、糾弾するのも非常に簡単。何か役に立つかって言えば、自己嫌悪とかそういうのに一役買うのじゃないかな。自己否定を強くするとかまあ何でもいいけれど。

 

「大した問題じゃない」と言われた。

何に焦点を当てるべきなのか、だ。

こうやってグダグダどうでもいいこと考えてどうするかって、私の習性を理解して整理したいのだ。

直ってないからね。「気づいてるのに」。ずっと前から気づくのは気づいてたけど直し方がわからなかった。

それだけのことだから「大した問題じゃない」のだ。

 

わからなかったと言ったけど、そんなの「やめれば良い」。「やめたいって思って別の考え方を選ぶだけ」。なんでそれができないか?

 

「やるべきだと思うことをやっていない、本当はできることもわかっている、それに気づいているのにやらない」から、だと言われた。

 

これじゃ読んでる人にはわからないはずだ。

 

私には「自分の意思」が足りなかったのだ。何故か?

体験が足りないからだ。

楽しい感じも知らないし、生活している感覚も積み上げていない。もし体験することが当たり前であれば、自分にとって良いと感じる物事は欲しくなるし、嫌なことはどうしたら処理して良い気分になれるか必死に「考える」し「やる」だろう。

 

それだけ。

 

私は渇望する対象が明確じゃなかったのかな、と思う。

「別に」生きてなくていい。

「別に」死んでもいい。

「別に」幸せになりたいと思わない。

「別に」苦しいままでもしょうがない。

「別に」助けてくれとは思ってない。

「別に」理解されるとは思ってない。

「別に」復讐したいとは思わない……

 

そんなわけが、あるか。

 

今時間がないとわかってるのにこれを書くことを選んだのは何のためだ?

いきなり大声で歌った、その行動を選んだのは何故だ?

去年1年あれだけの無茶を選んだのは私だ、それはもう苦しいのが嫌でたまらなかったからで、自分がそこから抜け出すことを結局は選んだからだ、そうじゃなければやらなかったし続けなかったんじゃないのか?

このところ泣いてしょうがないのは?その理由はともかく、そういうのハンドルしたいんだろうが。

もう人を疑ってばかりいるのも嫌だ。

 

私は幸福とか楽しさとか歓びとか満足感とかを渇望しているんじゃないのか?

もう、そういうふうに自分に本当に正直になっても殺されたり痛めつけられたりする心配はないと確信したいんだろう?

 

やればいいんだ。

 

もうそっちを選んでるんじゃないのか。

今の滅茶苦茶な状態をどうにかするのにいきなり1回でも外国に行きたいとか言い出したのだって何か誰かの真似して思いついたんじゃない。それが結果的には結構一般的な方法だったりしても、思いついてどうしてもやりたくなってるのは私のオリジナルの直感からで、きっかけになった香港の友人だって全然こんな話なんかしてない。

 

キリがないからこのくらいにするけど、昨日の記事を流したら、私の歌をそのうち披露する話になった。断らなかったのは記事を書く前からそうする気があったから。

 

でも、今もそうだけど、私は試しに録音してみることさえできない。それが「本当に自分がやりたいことだから」じゃないかとしか思えない。

 

そういう、私が楽しく生きようとする意思は、やはり奪われたのだ。悟った顔して許すとか平気なフリなんか今の私はできないしする気もない。

終わらせる努力なら惜しむいわれはない。できるだけ早くはしたいもんだけど、まあ、生きてる以上全部同時進行になるんだろうな。

怒りはそりゃあって当たり前だけど、他の感情体験も同時に積み上げなければ向かう先がまたわかんなくなるから。

 

ああ、疲れた。

「泣きながら」2017/01/26 16:34-17:59

最近更新できないでいる。珍しく、勢いで書き下ろす。

 

言うことがないというのとは違う。

表現できない。

書いても書いても言いたいことじゃない。

 

SNSも控えめだ。

現実が忙しいことに気づいたのはひとつ、理由になるだろう。

これまで一体どうやって生活して来たのだろう。

意識して何か変えたのではない。が、なんだこの忙しさは。

 

今も、何も解決や改善ができたわけではない。

 

生活と書いたが、私のこれは生活という言葉に相応するのだろうか。

広辞苑など見ても参考にならない。感覚的に言えばこれは生活している感じではないと思う。

 

私はただ生存しては来たけれど、死ななかっただけ、という感じだ。何も為してない。このまま死ぬとしたら生まれた意味なんかない。

 

ないのだ。そう感じるんだからそうなのだ。

 

死にたくないかどうか、じゃない。今の状態で死にたくないのだ。

 

暮れに心身に病気かと思うような無茶苦茶な現象が起きるようになったことは書いた。それは恐らく、感覚が現実に沿ったものに調整されたから、脳のこれまで使って来なかった部分が使われだしたためだろうという推測をもらった。

 

暮れのような激しさは減ったが、その現象は続いている。相変わらず小さな刺激にも鋭敏で、その反応に振り回されている。

減った、と言うのは、慣れただけだ。「これ」つまり「具合の悪さ」に慣れてどうするんだ。それじゃ以前と何か変わった、変えられたとはいえないだろう。

 

示唆は貰っているが、正直に言って何をどうしたらいいのかはイメージもできない。

 

いや、直後には直感的に「ここにいちゃいけない」と感じたのだ。

 

あまりこれといった理由はないが、香港の友人が見せてくれたCNNのトラベルサイトを見て、1回は香港に行きたい、と思った。知らない所だからだ。日本の外を経験してみたい。

 

現実にはすぐには行けるわけではない。私はまずアパートから出て無事戻って来ることができるようにくらい、なる必要があろう。電車もバスも何年も使っていない。出かけるのにどういう準備が要るとか、忘れてしまった。

 

都内に友人ができたのでその人の家に行ってみようと思ったことも書いたっけ。

 

今は悲壮感が強くて楽しみという感じにはならない。来週末に行く予定だが、私がどれだけヘロヘロかはきっと想像つかないだろう。が、悲壮感の理由はそこではない。

 

私は、崖っぷちに立っている気分なのだ。

 

―――――

 

今朝、早朝、私はかなり久しぶりに歌を歌った。

ボロアパートだが何故か音だけは相当伝わりにくい。

 

私が歌ったのはB'zの曲で、大昔からファンであり、私自身がヴォーカリストをやろうと思ったこともあった。20年くらい、邦楽ならほぼB'zしか歌ったことがない。それも「耳コピ」にあたるのかも知れないが、とにかく同じことをなるべくできるようになってやろうとした。声量、声域、独特の歌唱法、安定した音程など。だから私が本気で歌えればかなりの大声だし、肺活量もたぶん結構あっただろうし、技術的にもそこらのカラオケの集団飲み会なら、私が歌い出したら皆がビックリして思わず最後まで聴いてしまうくらいの力はあった。

 

大したレベルではない。が、その程度くらいまではできるはずだ。

 

身体感覚でいっぱいの状態は気分が良かった。考えず、分析せずとも、自分の身体に何がどれだけ不足しているかわかる。何ができるかもだ。腹筋を中心に全身に筋力が足りないから声を支えられない。練習不足からブレスの仕方がなってないので(肺活量もたぶん足りない)次のブレスまでもたない。声量と音程がコントロールできない。――が、それを感じ取ることは即座にできた。大胸筋がしばらく痛かった。知識ははっきり言ってまるでないのだが、歌いこんでいたから感触はわかる。歌詞は英語版を選んだが、それは練習した当時英語に悩んでいたから英語曲ばかり歌っていたせいで、日本語版と英語版がある初期の曲ならほぼ英語版ばかりに没頭していたので、馴染んでいるし覚えていたからだ。

 

20年近く経っても覚えていた。歌詞も、色んな感覚も。身体の使い方も。ついでに色々な記憶も。

 

もちろんだいぶサビついているに決まっている。もう一度身につけ直したら楽しいだろうか。

 

頼む。そうであってくれ。

 

こんなに心細いのをはっきり感じるのは、きっと初めてだ。だってこんなもの、誰かに頼れるわけじゃない。

【私にとっての「苦痛」の意味 1】 2017/01/19 18:07-19:14

あまり眠れない。

酷くうなされていたような気がするが、目が覚めても同じままの苦痛が消えも弱くもならないので意識がはっきりしないのを放っておいた。

 

【苦痛が意味して来たこと 1】

いくつか私に独自の意味があるから、比較的わかりやすいことを初めに書く。

 

まあ、そんなに特別なことでもなさそうではある。そうでない人にとってはびっくりすることらしいが、私の予想だと日本中に似た人はごろごろいそうである。あえて言えば程度とか続いた長さが私に独自かも知れないけど。

 

私は夢を見ないように、特に悪夢を止める作用がある薬を服用している。とてもそれらがないと本当に寝ていられないから、仕方がない。今もうなされていたような気はするけれど、何か内容を思い出すという訳ではない。

 

酷い寝汗だ。動くに動けないくらい。

 

頭痛、呼吸の引っかかり、胴体部分に上から圧力がかかる感じ、酷くてはっきりしているのはその3つ。

 

今日に特別な災難だった、とかでもない。まあまあいつもこうだ。痛み止めは飲まないとどうにもならない。苦しいのと重みがかかる感じは無視しておくしかない。……と言いたいが鎮痛剤が効くくらいまでの時間程度しか、それは無理かなという気もする。

 

動けたらシャワーに行こうと起き上がったらもっとあちこちが痛い。

 

やれやれ。

 

そんなに苦しんでないといかんかね、私よ。

鎮痛剤とか夢を止めるくらいはすぐにどうこうならないのかなという感じだけど、他は大体は何なのか分かれば経験上症状は消失するはずだ。

 

だから薬なんか本当は要らないのだ、と最初から主治医が言ってる。医者としちゃ、変な人なんだろうな。

 

苦痛については意味合いがいくつか重なっているからちょっと慌てずに解きほぐすしかないみたいだけど。

 

とりあえずは、何か苦痛な現象、症状が起きても「もう大丈夫だ」。

そういうのが起きても全部放置されて死にかけたりまでしたのに、親が何か反省するとか変わるとかいうこともなかったから、子どもだった私は何かあれば全部緊急事態に感じて慌てるようになったのだ。

と、思いいたり、なんだそうだったのかと思った。

今の私はとりあえずは重症度が大まかにならわかるし、わからない時の問い合わせ先もあるんだし、どうにもならないなら119くらいはできる。だから「何か苦痛があっても安心して無視していればいい」と気づいた。

 

わざわざ苦痛なことに意識を向け続けていたのだ。吐き気とか頭痛とか呼吸困難とかなんでもだが、そんなことしたら苦痛が倍加して当たり前だ。わからなかったのは、誰も助けてくれるべき時にしかるべきことをしてくれなかったからで、私はそういうもの(症状など)に対する認識が多分、幼稚園児くらいで止まっていたのだ。

 

もうこの悪びれない放置についてはずっと自覚的に怒りがあったから、いまさら改めては腹は立たなかった。ただ、私は私をねぎらった。よく独りで誰も理解しない中、何十年もこんな苦痛に耐えた。もう安心していい。

私はずっと同情とかが欲しくて症状を訴えたりして来たのでは全くなくて、どうしたらいいか大丈夫なのかまるで見当がつかず焦っていて、だからただ、言葉どおり困って相談していただけだった。それを依存とか言われたらもっと慌てる。死ぬようなものなのかそういう感覚を持つ必要のないものなのか、わからなかったから。それだけだった。

 

 

これは長年の習慣だから反射的には同じように反応してしまうのだろうけど、もう大丈夫だ。わかってしまったことはわからなかったことには戻せないのだ。

 

これとは別の、苦痛に関する私の感覚がある。長くなるに決まっている。さっき起きてもう疲れたのではしょうがないので、これはこれで「連載」とかでもいいかも知れない。