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NIKITAのリハビリ的日記

心のお片づけをする発達障害系な人

寄生/入院23日目

思うこと 日記 発達障害 精神 解説みたいなもの 言葉 PTSD

どうも精神面が酷く不安定でコントロールできない。「入院中はいつも具合悪くなる」と入院先の主治医に言われたが、それにしてもこの状態ではやっていける気はしない。

やはり無理があるのだろうか。

私は40年後ろ向きで拗(す)ねた子どものような人間だった。今は前向きに思考することや、現実に沿ったものの見方などもできることはできるようにはなったけれど、相当気力を費やす。気力を削ることはそのまま体力も奪うし、逆もその通りで、結局いつも手を抜けず生真面目過ぎて鬱状態になることは同じだ。

SNSで私を見ている人は私が時々おかしくなるのを見ているかも知れないし、それが私の本性だと思って離れていく人もいる。どうも月イチペースのようなので生理とかPMS(月経前困難症)と無関係ではないと思うけど、本性かと言ったらそうとも思えない。女性ならこの時の精神状態を本性と言われては困ることもわかってもらえるかも知れない。

以前はブログを吐き出しの場にしようとしていたけれども、書き方に気が行ってうまく行かなかった。

それで数記事書いてみたが、あんな優等生的な記事を書いて自分を引っ張り上げようとしても限界がある。あれではまるで小論文みたいな「作文」だと思う。誰かに受けようとする、試験に受かろうとする、そういう文章だ。

これでは自分が真に言いたいことから遠ざかるし、本当に困っていることを人に訴える、説明する力もつかない。コミュニケーション力も当然低いままだ(あまりそういう評価は受ける機会がないが、そのためにこの1週間ほど思い詰めて、自殺も検討していた。今のところその気はないが)。

私はそういう点、つまり人に寄生するような生き方しかできない人間であるという点は、以前と何も変わっていないのだ。このままでは生きていける自信がない。変わりたくはあるが、疲れた。前向きだったり建設的だったりすることは、この病んだ状態から抜けて自分が楽しく生きて行くのにはどうしても必要なことだと思うけれど、そこへ行く前にこれでは保たない。

退院はもうすぐだが、自宅に帰ってからでは今の精神状態を表すことが困難だろうと思ったので記録しておく。

「また怒られた!」2017/03/16 18:30

PTSD 思うこと 日記 発達障害 精神 言葉 過去の話-実家

怒られたり私の何かを否定していると受け取れる言動を取られると恐怖感を覚えるらしい。過剰反応するのはそのためだ。怒りは恐怖を覚えるような状態でも湧く。防衛本能的なものだろう。

 

私は実家を出た途端、連絡しても親類縁者から応答されないのでほぼ絶縁状態にはある。私が実家を出てから少し状況を聞く機会もあるが、滅茶苦茶な状態らしい。

 

当たり前だ。私という「攻撃すべき問題児」がいたから、彼らは安心して連帯組んで私に集中砲火を浴びせることで家を、自分達を保てたのだから。

 

私が彼らにとっては問題児だということは認めるが、それは怒れば、けなせば、脅せばどうにかなるものじゃない。悪化するだけで、悪循環だ。

 

私を問題児として扱い続けたから問題児になったのだ。失敗したら学んで再挑戦なんてとんでもないと思うほど滅茶苦茶に怒られたし、私の意思に関係なく、まんべんなく何にでも最初から完璧を求められた。努力などしてもしても青天井で、更にできるだろうと怒られる。当然褒められもしないしねぎらいもへったくれもない。

 

私が今何か才能なりあるとしたら、すべて恐怖感から生まれたものだ。

 

そのくらいは怒られけなされ脅しを受け続けて育った。それと同じような感じを覚えることがあったら、普通想定しないような過剰な反応をしてしまうのだ。

 

どんな些細なことでも。今日はうまく行かないから寝てしまってリセットしよう。

「発達障害あるある」その後/入院13日目

思うこと 日記 PTSD 精神 発達障害 言葉

クヨクヨしているというのかわからないが、先日のこと(前記事

「発達障害あるある」/入院8日目 2017/03/08 17:03 - NIKITAのリハビリ的日記

参照)を引きずってはいる。

 

英語をだいぶ忘れた。使っていなかったからで、使わないわけにも行かないから簡単な英語で日記を書いた。


英語が関係ある出来事だったので私が英語に拒絶反応を起こしているのだが、脳ミソはそんなに簡単にものごとを忘れないものだ。英語も、その件も。

嫌でも英語を使うと思い出しはするのだ。だから英語で何か書いたり考えたりが無理だった。苦痛だった。

無茶せず、というかできずに日本語での日記に移ったが、どうしても今書いた英語が引き金になって思い出したことが頭から離れない。怒り方は変化していたが。

突然、日記は途中から英文になった。

怒ると英語に切り替わる癖は健在だったのだ。日本語ではあまり怒れないものなんだというのも再認識したし、ある程度は英語も頭に残っていた。まあ、ここ5年くらいは文字でのやり取りに限られるものの英語での会話が途切れたわけではないから、そんなに簡単に消えもしなかったらしい。

 

嫌な記憶はいずれ風化するか、だんだん大きくないものになって行き、自分で記憶の意味を書き換える作業をする時が来て、全く平気になると思う。

 

まだピリピリしてはいるが、外語である英語でなら思い切り怒れる。また、ずっと苛ついている、あるいはモヤモヤしている理由はやはりこれだったとわかって多少はマシになると思う。希望的観測だが。

 

この記事の文章が少しおかしいことに気づかれただろうか。1文が長い(極力頑張ったが)。疲れてきちんと集中して書くことができないのだ。これが改善されると嬉しい。

「発達障害あるある」/入院8日目 2017/03/08 17:03

コミュニケーション障害の話だ。

話したことがない人からチャットメッセージが来た。
私は最後には誤解されて話が終わったのだが、それは

私が「話の終わりの合図」に気づけず、文字通りに相手のメッセージを読んで「まだ説明しないといけなかったかな?そんなにわかりにくいかな?」等と思って話を続けた

相手側は話を終わったつもりだったのに私が返事したので私が話すことがあると受け取った(と思われる)

双方が「話しかけられた側のつもり」になってしまった

私(アスペルガーな人)→会話の目的が見えてこないので結論づけて終われないし、相手が納得したかわからない

相手→何か私が言いたいことがあるようだがはっきり言わないので推測

私は話が続いているから説明しているだけなので、相手が「目的がある」と思って推測したことは全部外れるために、相手の予想外の解釈にビックリする

相手は私がはっきり言わないで悟らせる困った人、などの誤解をする

 

こんな流れだ。


私は会話、意思疎通の能力が本当に低くて克服対象なのだけれど、発達障害の人はここで相手が悪いとキレたり、逆に自分が情けないと思って塞いでしまいそうだ。

私もものすごく落ち込みだしたので、病院(入院中である)から外出した。とにかく、歩いてみよう。行き詰まった時は、その場にいないで散歩でもするものだ。

歩いていたら頭が勝手に働いて、気づいたら上記みたいに、自分自身と相手方の双方に対して腹が立っていた。
このままただ怒っていても良くないと思い、言語化してノートに書きだした。

それで上のフローチャートができたのである。

 

私が今できることは

1. 怒りをうまくマネジメント(日本語だと処理、扱う、という感じ)すること、
2. 話しかけられたら慌てず、まず自分が会話ができる状態かどうか自分で確認すること(ぼんやりしている今の私だから起きた「事故」だからだ)、確認して頭がはっきりしていなかったら今話せないと言うか、チャットなどの場合は後で返事をすること、
3. コミュニケーション障害の克服法はいくつかアテがあるので片っ端からやってみること(このブログを書くのもその1つである)
4. 失敗をクヨクヨ引きずらないこと。その時間と労力は上記の3つに使うこと

だと思う。

したいこと。 2017/03/06 8:23

PTSD 思うこと 日記 発達障害 精神 過去の話-実家

昨日意識がちゃんとはっきりしました
今日は入院6日目

 

特に何というわけではないのですが、入院するたびに初期は意識がほとんどなくなります
毎回のことで、検査でも異状があったことがないので逆に困る始末。

 

4歳でたらい回しの末引き受けてくれる病院が1ヶ所だけで、という経験を思い出すことがあります。

36年前にたらい回しになるくらいだから私は戻って来れない可能性がほとんどで、戻って来れても後遺症として一生動けもコミュニケーションもできない、重度の身体障害と知的障害者になるだろう、という宣告をされました。

40歳にいたる今まで、その時の後遺症らしきものが出たことはありません。

その時の話を思い出すと色んな意味でゾッとしますが、ともあれ、「障害者となるかこのままいってしまうかどちらかだから覚悟しておけ」という内容のことしか言われなかった私が目を覚まして、まさか発達障害以外何もない身体と脳で戻って来るとは誰1人、予想しなかったのです。

 

当時発達障害なんて概念はなかったですが、ひきつけという、脳が腫れ上がる状態で入院しましたから、知能テストを受けました。そうしたら、4歳で10歳相当の知能を持っていると出たんです。たらればですが、その頃それが「障害」であることがわかっていたら、もしかしたら、私の人生はこんな滅茶苦茶なものにされずに済んだのかも知れません。

虐待がもっと世間一般にきちんと知れ渡って法的整備もできていたら、私は自宅には退院せず、児童相談所へまず送られたはずです。

せっかく助かり、やっと最近自分の手に人生を取り戻したばかりですので、まだ何ができるわけでもないのですが…。


こういうケースが今も普通にあると思うので、予防と対策、起きてしまった場合の対処(本人の人生を本人が自分の力で普通に生きられる手伝いなど)をできるようなことをしたいですし、それが妨害される社会であることにも手をつけたい。

まず、自分を救済して「心の復興」をせねばなりませんが、ある程度それが進めば、上記の挑戦ができると思います。

 

#たらい回し #知能 #後遺症 #発達障害 #虐待 #やりたいこと #夢

 

SNSに掲載したものを少しだけ手直し】

現実世界/入院4日目 2017/03/04 18:26-19:05

思うこと 日記 精神

入院して4日目だ。

先に断ると、私は不定期ながら年に2、3回入院して休養をとるので、何か突然に起きたのではない。ただ、普段からそれくらいギリギリな状態状況下で生きていることは言える。

私が入院して必ず日数カウントをするのには少しわけがある。まずは最初の数日間、私の病院生活は日がな1日爆睡して過ぎる。以前なら10日くらい、起こされて食事、入浴、自分から動くのはお手洗いで杖と手すりがあってやっと、という状態だった。ジリジリこの日数は短縮して行き、昨年9月に入院した時は5日で起き上がることができた。今回は新記録だ。

まだまとまった話ができるほど覚醒していない。スマホもほとんどいじっていない。

(呪わしいですね、スマホ(満面の笑みで))

 

今回は家の鍵を預かってもらっている人がいるが、ともかく忘れ物をしまくったため、その人に送ってもらっている、と思う(たぶん今日発送してくれたかと)。送料は後で返すような相手です残念ながら。

残念なものか。こういう経験は初めてだ。

この病院は家族の協力があるのがほとんど前提になっている。外泊(入院中に病院外に泊まる。普通自宅である)やら何やら、本人1人でやるのは無理だったり、病状が軽めであったりしないとできないことが多く、つまり私は本当は無理矢理入れてもらっているのだ。私にとって、誰か協力者がいるというのはすごいことだ。

 

まだ目があんまり醒めていないので、とりあえず、こんなに早く記事を書けるとは予想していなかったよという報告。

 

それと、入院時にずいぶん良くしてもらった。世界がそんな急に変わるもんじゃないし偶然かも知れないが、偶然でなければ、私が変わったのだとしか思えない。ただ少し気を遣うこと、何とか自分のできる範囲のことは積極的にしただけだ。それが以前はできなかった。今回が一番体調が悪い状態なのだけど、一度、自力で成し遂げた達成感を経験したからできたのだと思う。これまでは苦しさしかなかった。何ができてもまぐれ当たりとかそういう感覚だったので、周囲に助けて欲しいことしか頭になかった。何もかもが、恐怖や不安の連続だった。余計に具合悪くなる。

 

まあ、まだまだ課題や言いたいことなんかはいっぱいあるけれど、それはまた。

入院、この1か月、企て 2017/02/23 21:51

告知 思うこと 日記 精神 言葉

報告記事になる。

1. 3月1日から恐らく1か月くらい入院して来る。

2. 1月後半から昨日、2月22日でやっとひと段落ついたが、いっぺんにいくつかのトラブルがあった。かなり激しく体調を壊す羽目になった。終わってはいないがヤマは超えた。

facebook少々以外ほとんどネットに現れなかったが、それしか余裕がなかったし、まあ色々失ったり得たりした。

3. 具体的なことは未定だがザクザクした準備だけはしていることがある。未確定なことがほとんどだからどこかにはっきりした形で言うのは考えていたが、先に宣言してみるのもいいかも知れない。体調と精神状態が少し回復したら順次ここで報告する。

 

―――――

 

しばらく現れることができるかよくわからないので色々と言っておきたいのだが、2番目のことで免疫系がやられたようで、数週前から体調が無茶苦茶だ。

今脱力しかかっているので少しでも動くためにとにかく歯止めをかける意味でも更新することにした。

 

いちいち何かあるごとに慌てふためいて自分を見失って来たが、それでよく生きて来られたものだ。

 

理由の見当はついているが、今は時間切れだ。

 

私はだんだんめげたり挫けたりしにくくなり出した。理由は前の記事に書いたが、ずっと私を支えてくれている言葉のひとつを掲げておく。

 

あまり肯定されない私は、ただこの言葉のために正気づいたことも何度もあるのだ。



f:id:shinovieshinovie:20170223225051j:image

 

満足感を初めて知った。2017/02/16 22:19‐23:46

結構な日数、キツい思いをしている。

もう「キツい」と言ってしまう程度には無理がある。

普通ならここまで参らないだろう、かなり私には難しい課題としか感じることができないこととは言え。

 

私は数が理解できない。

私の総合的な知能指数は103だと思うのだが、言語と知識が異常に高いことと、スポーツをしていたので「手と目の供応動作」がそんなに低くなかったからこうなった。が、「算数」が凄まじくできない。克服できないかと本を見たりして、知的障害相当であることがわかった。例えば、もし他の偏りの異常な高さがなかったら、ここまでの数値は出なかったはずで、発達障害者としても偏りが異常に大きいとは言われている。

 

知的障害相当の「できなさ」は、こうやって何とかしようと挑戦していなければこんなに酷いとはわからなかったことだ。私は発達障害の判定のために受けた知能テストの結果をささっと言われただけで、今のように詳細なデータをもらったりしていない。

そのために苦労しなかったとは到底言えないが、今の私で初めてデータなど使うことができるのだと思う。1年前までの私では、だからできません、という根拠としてしか扱えなかったし、このところみたいに参っていたら今だってそうなる。

 

こんなに愚痴ばかりしか言っていなかった時期があったのかと思うくらい、メッセンジャーでもう死にそうなことしか言えない。

気づいていなかっただけでずっと前からそうだったのだけど、問題は今の衰弱ぶりだ。

そもそも数年前から劇的に衰弱していたのに無茶し続けたものだから、こうやって文が書けるとは思わずに書き始めたのだ。ツイート程度で終わると思っていた。

それほど体力がなく、蛋白質や野菜類に含まれる栄養素が思い切り欠乏しているのが体感でわかっているのに、私はどうしたらいいかや優先すべきことを間違えてしまうし、身体が利かないのも事実だ。だから自分自身、そのものをいたわる必要がある。

 

非常識だろうが人がどう言おうが、そのために今みたいに無謀な過ごし方をしていたら、本当に命に関わってくるかも知れない。それでも「自己責任」なのだ。いくら私がどういう育てられ方をして、数年前心身を破壊されるような経験をしたと訴えたって、他人が分かる訳でもなければ取り除いてくれることもできないし、訴えている間に無為に時間とエネルギーをロスして死ぬことだろう。

 

先日、ある過去のとてもダメージの大きかった記憶が「もう済んだことだ」と腹から思える経験をした。

あんなに満足感とかいうのは強烈なのか。あれは人にしてもらったのではなく自分が成し遂げたからだ。だから満足しているのだ。こんな凄い感覚では、そりゃ生きようと思って当たり前だ、わざわざいつもいつも死にたい死にたい言うのがわかるわけない。わかってもうるさくしか思わないか、そんなところだろう。というか、これじゃまるでドラッグだ、と思った。相当、快楽性の脳内物質が出るんだろうな。

 

そんな経験はさすがになかった。

ない人たちは大勢いるのが容易にわかるし、その経験がないこと自体が想像すらつかない人たちが甘えだ依存だ言うのも、まあ理由はわかった。これはこのままじゃ善意のつもりで当事者が自己虐待をするのを助長するだけで、別の文化圏から見れば悪意でしかないと言われても当たり前だな。外国の人が見れば、両者とも未熟なのに、一方が他方を何のかんの言っていじめているようにしか映るまい。解決法も持たないのにただ自分の価値観から感情的になって言っているだけだもの、私が外国の友人達に私の状況を話したらすぐに亡命申請しろと言われたのは当たり前だった。日本はそんな国なのかと激昂して酷く落胆していたが、私が友達だからとかいう問題ではなかったのだろう。何人に何回、何故そんな国からすぐに逃げ出さないのかと心底不思議がられたか。

 

すっかり話が逸れた。過去が過去になったぞという話で、満足感の話だ。

それができた仕組みはまだわからないが、何をしたからそうなったか、強い心当たりはあるので、自力でできたのだということはわかっている。

全部の過去がチャラになったわけではないが、1つはできたのだ。まぐれかなと思っていたが、数日して、そうではない感じがしている。他の過去の記憶全般に、それぞれ、自分がどうしたく感じているか、さっさと思いつけたからだとか、いくつか理由はある。

それができるのに、もうできるのに、他人にわかってくれ助けてくれということに心血を注ぐとか、逆に無茶して世間並みを目指しているうちに死んでしまったら、バカとしか言えないだろう。まあ、もったいないのは事実だ。

 

というわけで、ここのところ大変な話についてはまた。おやすみなさい。

入院しに行く前に、1回まとめ 2017/02/12 13:22

思うこと 日記 精神 言葉 解説みたいなもの

facebookでの更新から転載】

普通は手直しするところだけど直さないで載せます。

キリがないので。ブログ用にとなるとほぼ全文書き直しですから。

―――――

 

最近ブログ書いてないのは、やはり体調体力が一番の理由だけど、次になんかすごく忙しくなったことなんだけど、書き方が酷いなと思い直したんだよなあ。

書きゃいいってもんじゃないでしょうがと。

もちろんブログなんか自由ではありますがね、私がしたいことは何だったんだと。それに行きあたったらアレじゃ私は納得いかん。友達に手紙書いてんじゃないんだありゃ。

もうちょっとは元気じゃないとやりたいことのための書き方ができないのだと思った。気をつけるべき点に留意できないし、書いてるうちによくわかんなくなってるよね。自分ですごいムカついた(苦笑)外出記だって書けないでいる。

あれこれ気づいた時にちょうど病院からベッド空いたって連絡が来たわけだ。

スマホも半壊してます(苦笑)

ここに比較的長い文章書くのはメモなんだよね。
もちろん公開だし友達いるので本当に自分だけのメモじゃないんだけど、最低限、人が読む可能性があることを意識してるってうまく活かせるならした方がマシですね。莫迦なことも書いてるけど(苦笑)

本当に自分用のメモならEvernoteもあれば手書きノートもある。全部使い方が違う。

まだあんまり文字読み書きしてられないのだけど、今さん(注 今一生さん)の『プライドワーク』の「はじめに」を読んで、やってる行動とかはともかく、ただ共感しただけじゃ無くて、何かにつけての大体の年齢が一緒だなあ、と思った。(まだ中身読んでないんですが)

もう1人、来未(注 来未炳吾さん)が映画についてブログで書いてるように(制作日誌ね)、30歳の頃に、私は似たことをした。もうちょっと若かったかも知れないけど、まあその頃、自分の人生を全部振り返って書いてるんだよね。小説にしたので、そして書き方がわかってなかったので完結とかしてないんだけど、振り返りだという自覚が一番欠けてたんで、そりゃ完結しない(苦笑)

年齢とか何十世紀とかそういう数字は恣意だという人がいたんだけど、そうでもないだろうと思った。

感覚的な話だけど、40歳くらいって「ん?」ってなるなーって思う。これでいいんだっけ、とかそういう感じ。人によって誤差はあろうし、気にせずに過ぎる人もいるだろうけど。

私は年齢を気にしたことって本当に1回もなかったのに、昨年、40歳になるというのは何故かすごく気にした。何だったのかはもっとゆっくりちゃんと考えないとわからないけど、本当に気にした経験がなかったから、放っとくの気持ち悪い。まあ考えるよりも別の方法もありそうだからとにかく時間かけようかと思う。

私がわかってなかった最大のことは、自分をちゃんと大事にすることだ。自分で壊し続けながら助けてくれないったって人はどうしろっていうの。賽の河原ですか(苦笑)

わかったからまあいいと思ってるけど。

そのことでゴチャゴチャしてることを片づけるには、今はちょっと休ませてもらえる環境が要るなと思った。

日程調整ついたら入院して来ます。

記憶奪還 2017/02/02 19:54-22:32

PTSD 思うこと 発達障害 精神 言葉 過去の話-実家 過去の話−犯罪被害

例えば、休もうと思い、寝ようと思った途端に息が苦しくなる。こういうことだらけだ。

 

私の世界は「ねばならない」「であるべき」でできている。

 

私の意思、なんて文字を打つだけで気道や肺が潰れたんじゃないのかと思うほど苦しい。

 

休むとか遊ぶとかいうのが「しなければならないから」だという理由でしようとすると、こういう現象は……やはり起きる。頭痛もして来た。どんどん追加される。

 

今ブログを書いているのは、私が書きたいからだものね。何故書きたいかって、こういう何かにいつまでも縛りつけられていたくないからだ。

 

押さえつけられる感じがして身体を起こしているのがきついけれど、横になったってそうなので、姿勢を変えても楽になんかならない。

あんまり「相手してやる」もんじゃないな。何だか骨が砕かれそう。ちょっと意識を向け過ぎかな。

 

相手、って誰だかわからないけど。ただ、現実にここにいるのは私しかいないから、私の脳内にしかいない人だろう。

過去とも限らない。とにかく、私にとっては人間というのはまだ怪物である「べき」なのだとわかってしまった。

 

この本を読んだからだ。

 

COCORA 自閉症を生きた少女 1 小学校 篇

COCORA 自閉症を生きた少女 1 小学校 篇

 

 私はどうしても昔のことをちゃんとは思い出せなかったが、この本にはこの著者の経験がかなり詳しく書かれていて、読んだら読んだ箇所と同じ時期に自分が経験したり思ったこと感じたことをずいぶん思い出した。

 

読んだばかりだから相当影響は受けていて、似ていないことまで似たことだと思っていると思う。それ自体はたぶん普通のことだと思うので構わない。

 

今これだけ体調が悪くなったり様々の混乱を起こしているのも普通だろう。大まかにはやはり共有できる経験を詳細に書いてあったから。

 

フラッシュバックが起きるから避けた方が良い人もいるとか普通言うのだろう。無理に読むことはないが私にはあまり意味のわからない台詞だ。私は読んだから今死にそうに苦しいのだが、得たものの方が多いはずだ。

 

記憶がずいぶんと乏しかったのは、この数年間に2回受けた故意の悪意による強烈な経験のせいだったのだ。だからそれらの経験以降の記憶も、実はそう鮮明ではない。「感じない」ようにしていたのだ。それが私の発達障害とも影響し合っただろうが、ますます私にとってこの「障害」の意味は薄いものになった。

 

ほとんどの問題はそこにはない。私がどういう人間であっても、そんなことは私の親には関係ないからだ。全く何もトラブルのない脳や身体でも、重度の問題を持っていても、彼らにとっては私は脅して嘲笑して自分達だけが何か利益を得るための道具でしかなかったのだと再認識した。

 

思い出したからだ。彼らがどれだけ私を見ず理解もせず、その態度に対して私がどう感じ考えていたか。私が必死に何とか自分が存在すること、生きた人間であること、感じる心を持っていること、理解して欲しいこと、困ったら相談くらいしたいこと、そういったことを訴え続けて何にもならなかったことなど。それがどんなに私を苦しめ続けて、そのまま他の人達もそのようなものとしか解釈できないで来たか、親から離れて少しずつは変わっていた私の積み上げたものをいとも簡単に破壊されたかを。あの男は私を強烈に脅迫したが、それよりも、私を嗤い飛ばした。私がどうにか、自分を見捨てる癖をやめられそうだった時に、お前は無価値だ、死んで世間に詫びろと言った。生きていて良いわけがないだろうと言った。納税者に謝れ、まあキリがないが、働こうとして努力していることまで「ふざけるな」と言った。

 

言葉で人を殺す、など、技術的には難しくない。精神がぶっ壊れていれば本当に簡単だ。

 

もうごめんだね。冗談じゃない。

せっかく生還したのだ。

 

もう存在しないあんた。グダグダ考えてたけどね、私も同じ技術があるんだよね。あんたのあとからも私はずっとあんたにされたこととあまり変わらんことされ続けてんだわ、おかげさんで。これをただ赦せって?私は好きでこんな技術がついたんじゃないんだよ。どうもアリガトウ。もう無意識に悪用せずに済みそうだ。どんな思いしたか思い出したから。

 

どうするかはこれから考える。